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無形民俗文化財

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無形民俗文化財

安芸のはやし田

あきのはやしだ

 安芸のはやし田は、田植時の休日に,定められた田圃で執り行われている。飾り牛が一列縦隊となり田圃内を踏み歩く「代掻き」、田面を平らにならす「えぶり」、早乙女や楽器奏者などの一行が田圃に行進してくる「道行き」、さんばい棚と呼ばれる祭壇の前での「田の神降しの神事」・「苗取」・「田植」と進められる。行事の中心となる「田植」は、早乙女達が後下がりで苗を植えて行く。その際、早乙女達に面して立ったさんばい(歌大工ともいう)と早乙女との間で歌が掛け合わされる。早乙女達の後方では、大太鼓・小太鼓・鉦などの楽器の奏者が盛んに囃したてる。

【指定年月日】平成9年(1997)12月15日
【公開状況】北広島町:5月の第2日曜日(鳴滝れんげまつり)
        安芸高田市:5月最終日曜日(来原小学校前水田)


壬生の花田植

みぶのはなだうえ

 中国山地の村々で古くから行われてきた囃子を伴う共同の田植行事で、はやし田とも言う。まず、田の神サンバイを迎えて、美しく飾った十数頭の花牛によって、鶴の巣ごもりや八重だすきなどの代掻(しろかき)の技が展開される。サンバイはささら竹を打ち鳴らしながら音頭をとり、大太鼓・小太鼓・手打鉦(てうちがね)、笛などではやしたて、早乙女は田植歌を歌い苗をさす。田植歌は歌謡史上からも注目される。

【指定年月日】無形民俗文化財指定:昭和51年(1976)5月4日
          ユネスコ無形文化遺産指定:平成23年(2011)11月27日
【公開状況】毎年6月第1日曜日(壬生の花田植特設ほ場)


火の山おどり

ひのやまおどり

 おどりの起源は,天正年間(1573~1591)の吉川元春(きっかわもとはる)の伯耆羽衣石(ほうきうえいし)城主南条氏攻めに関係づけられているが、確証はない。
 一名太鼓おどりともいい、盆の14日・15日の夜、ならびに慶事のときに踊られていた。
 現在は昼間に踊られているが、本来は夜に踊る燈籠踊である。中央に大庭笠を立てたおどり場で、庭入り・庭ほめ・太鼓おどりの順で行われ、造花で飾った小笠をつけたおどり手の間に、直径六尺もある笠が立ち、その間にあんどんをとぼした大笠がまじり、「ざめき」「もろびょうし」「片びょうし」「からびょうし」「はしり」などの歌詞を歌いながら踊る。その姿や火の動きはひとしお美しかったという。

【指定年月日】昭和37年(1962)3月29日
【公開状況】非公開


小原大元神楽

こばらおおもとかぐら

 大元神楽は、もと出雲西南部から石見一円、さらに周防の玖珂郡にかけて広く行われていた。神がかりの古態を存し、備北の荒神神楽と類似した面を持つ。小原大元神楽は、大字小原地区で7年毎に行われる式年祭の夜、この地の大歳神社に奉納される藁の太網を中心に行われる神楽である。

【指定年月日】昭和61年(1986)2月27日
【公開状況】非公開


南条おどり

なんじょうおどり

 この踊りは、所伝によると天正6年(1578)吉川元春が伯耆羽衣石城の南条元続を攻めた時、元続の踊り好きを利用し部下を踊り子に変装させ奇襲して攻略したことに由来するとも、この戦で捕えた南条方の武士が戦死者の菩提を葬うため踊った盆踊りを、警護の吉川方の武士が習い憶え、新庄に伝えたともいう。
 この踊りには入端と出端があり、十二庭の歌詞を伴う虫送踊り(むしおくりおどり)で実盛人形が出るのもそのためである。古くは7月13日に神社の境内で虫送りの行事を行ったあと踊られており、陣笠に火事羽織を着用して勇ましく踊るものである。

【指定年月日】昭和28年(1953)10月20日
【公開状況】5月第2日曜日(鳴滝れんげまつり)


神楽-神降し・八岐の大蛇・天の岩戸-

かぐら―かみおろし・やまたのおろち・あまのいわと―

 10月の有田八幡神社祭礼に奉納されるこの神楽は、同町壬生の神職井上氏が文化年間(1804~1817)に石見から伝えたと言われ、六拍子風のテンポの緩い古雅な舞いである。伝来当初は四十数舞が演ぜられたというが現在は十数舞が舞われている。
 この神楽の舞人および楽人はすべて有田八幡神社の氏子で、神楽団員になることは名誉と考えられているため、日頃から言動を慎み演技の習練もよく行われている。

【指定年月日】昭和29年(1954)4月23日
【公開状況】10月最終日曜日


花笠おどり

はながさおどり

 起源は大朝町新庄に残る南条踊りと同じであるが、確証はない。豊年の見通しのついた年の旧暦8月15日に旧本地村一円で行われるが、歌頭を先頭に太鼓・鉦(かね)・笛・おどり子二十~三十名が行列を作って道行し、神社や寺院の境内でおどる。
 踊り子は男子であるが、深い編笠とバシャリと称する布で面態をかくし、そろいのゆかた・女帯に赤いしごき・白の手甲・白足袋に雪駄という女装である。花で飾り長いしびを八方にたらしたみごとな大花笠をつけたおどり子が、緩調子でゆるやかに動くさまは万華鏡のように美しい。

【指定年月日】県指定:昭和36年(1961)4月18日
          国選択:昭和47年(1972)8月5日
【公開状況】毎年6月第1日曜日(壬生の花田植特設ほ場)


細見の餅つき唄

ほそみのもちつきうた

【指定年月日】平成17年(2005)1月17日
【公開状況】非公開


上石神楽団の天の岩戸

かみいしかぐらだんのあまのいわと

あらすじ: 須佐之男命の乱行に怒り給うた天照大神は、天の岩戸に閉じこめられた。その為高天原は暗闇となり、世の中は極度に乱れていた。これを憂えた天兜屋根命は天太玉命や他の神々と相談の末、天の岩戸の前に天の香具山の賢木を持ち来て色々な宝を飾り、天宇津女命に面白おかしく舞を舞わせ賑やかに楽を奏でたところ、何事かと岩戸を少し開かれたところを天手力男命が満身の力を込めて岩戸を押し開き、天照大神を岩戸より首尾良くお出し申し上げたので高天原も明るくなり世の中も良くなったという物語です。
みどころ: これが神楽の原点と言われている神楽です。

【指定年月日】昭和61年(1986)年9月24日
【公開状況】10月第1土曜日


西宗神楽団の鐘馗

にしむねかぐらだんのしょうき

あらすじ: 須佐之男命の化身である鐘馗大臣が民の命を根絶やしにしようと、四百四病を司る大疫神を退治する物語です。
輪は、悪病祓いの茅の輪と言い姿無き鬼をこれでとらえて剣で退治するという物語です。
みどころ: 悪病祓いの茅の輪を巧みに意味を理解できるように舞い納めるかが、最も舞い手にとっては技の見せ所だと思う。

【指定年月日】昭和61年(1986)9月24日
【公開状況】10月第1土曜日


中原神楽団の大江山

なかばらかぐらだんのおおえやま

あらすじ: 一条天皇の御代、丹波の国大江山に酒呑童子という悪鬼が多くの手下を従えて立てこもり、都や村里に出没して良民を苦しめるので、時の帝は当時都の警備の任に当たっていた源頼光ら四天王に悪鬼を鎮圧するようお命じになった。
 四天王は山伏修行者に身をやつして難行の末岩屋に到着し、都の酒と偽り酒宴を張り、油断に乗じてこれを鎮圧するという物語である。
みどころ: この神楽は非常に登場人物が多く派手な舞いなので、各神楽団が競って演舞する神楽です。酒宴もあり我々の人生模様がそのまま伝わって来るような親しみのある神楽だと感じられます。

【指定年月日】昭和61年(1986)9月24日
【公開状況】10月第1土曜日


琴庄神楽団の鐘馗

きんしょうかぐらだんのしょうき

あらすじ: 須佐之男命の化身である鐘馗大臣が民の命を根絶やしにしようと、四百四病を司る大疫神を退治する物語です。
 輪は悪病祓いの茅の輪と言い、姿無き鬼をこれでとらえて剣で退治するという物語です。
みどころ: 悪病祓いの茅の輪を巧みに意味を理解できるように舞い納めるかが、最も舞い手にとっては技の見せ所だと思う。

【指定年月日】昭和61年(1986)9月24日
【公開状況】10月第1土曜日


戸谷神楽団の神迎え

とだにかぐらだんのかみむかえ

 儀式舞の中の一つで、神楽を奉納するに当たってこの舞台に神をお招きするという意味の舞である。氏子の人々が秋の収穫に当たってこれを氏神様に報告し、そして深慮を慰める一種の神聖な儀式だと信じられている。その意味において、先ず神楽殿に最初に神を勧請するのが儀式舞で神楽団としては一番大切に極めて神聖視しているのが、この舞である。
 又この舞は神楽のあらゆる舞法が取り入れてあり、神楽の基本だと言われている。従って神社以外の場所で神楽が上演される場合は「神降ろし」「神迎え」が舞われ、神の降臨を勧請するのが慣わしのようである。幣と輪鈴を四人がそれぞれの採物として舞う。

【指定年月日】昭和61年(1986)9月24日
【公開状況】10月第1土曜日


龍南神楽団の大江山

りゅうなんかぐらだんのおおえやま

あらすじ: 一条天皇の御代、丹波の国大江山に酒呑童子という悪鬼が多くの手下を従えて立てこもり、都や村里に出没して良民を苦しめるので、時の帝は当時都の警備の任に当たっていた源頼光ら四天王に悪鬼を鎮圧するようお命じになった。
 四天王は山伏修行者に身をやつして難行の末岩屋に到着し、都の酒と偽り酒宴を張り、油断に乗じてこれを鎮圧するという物語である。
みどころ: この神楽は非常に登場人物が多く派手な舞いなので、各神楽団が競って演舞する神楽です。酒宴もあり我々の人生模様がそのまま伝わって来るような親しみのある神楽だと感じられます。

【指定年月日】昭和61年(1986)9月24日
【公開状況】10月第1土曜日


今吉田神楽団の四方祓(潮祓い)

いまよしだかぐらだんのしほうはらい(しおはらい)

 神楽を奉納するに当って、この神楽殿を清めるという意味において行なわれる舞である。

【指定年月日】昭和61年(1986)9月24日
【公開状況】10月第1土曜日


阿坂神楽団の天の岩戸

あざかかぐらだんのあまのいわと

あらすじ: 須佐之男命の乱行に怒り給うた天照大神は、天の岩戸に閉じこめられた。その為高天原は暗闇となり、世の中は極度に乱れていた。これを憂えた天兜屋根命は天太玉命や他の神々と相談の末、天の岩戸の前に天の香具山の賢木を持ち来て色々な宝を飾り、天宇津女命に面白おかしく舞を舞わせ賑やかに楽を奏でたところ、何事かと岩戸を少し開かれたところを天手力男命が満身の力を込めて岩戸を押し開き、天照大神を岩戸よりも首尾良くお出し申し上げたので高天原も明るくなり世の中も良くなったという物語です。
みどころ: これが神楽の原点と言われている神楽です。

【指定年月日】昭和61年(1986)9月24日
【公開状況】10月第1土曜日