「やりたいこと」を探すのをやめたら、残したいものが見えてきた
こんにちは。つぼみです。
抜歯して2日、ズキズキとした痛みは減ってきています。傷の痛みはまだあるので歯磨きが怖いです。
その上、本日は近くのお家の取り壊し作業があり、ガシャンガシャンとすごい音がしております。
頭が痛いのは傷のせいか、はたまた工事の振動の影響か?
気にしないようにして、本日もマイペースでやってまいりましょう。
取り壊しの家は私が引っ越してくる前から立っていました。きっと色々な歴史があるんだろうな、思い出の家を取り壊すのってなんだか寂しい気持ちになってしまいます。
ここの家に住んでたのは高齢のご夫婦。
ご主人は数年ほど前に亡くなり、奥様がお一人で住んでいましたが、息子さんの近くに引っ越して施設に入るとのことで、住み慣れた場所を売却して、取り壊すことになったようです。
今日は息子さんがみにきていました。あの息子さんもこのお家で育ってきたんだろうな。いろんな思い出があるんだろうな・・・これからやりたいこともあるんだろうな。
もう10年以上もここに住んでいますが、少しずつですが住民が変わったり、家がたったりしています。
でも私自身は私自身は何も変わり映えがない毎日を過ごしているのです。
その間も「やりたいことは何だろう。」
とずっと探していました。
新しい副業。新しい資格。新しいSNS。
何か見つかれば人生が変わる気がしていたのです。
以前、「器用貧乏」だと思っていた私が、生き方そのものを見直したきっかけについて書いた記事があります。
👉 「器用貧乏だと思っていた55歳主婦が、最後に選びたい生き方・働き方」
でも55歳になった今、気づいたことがあります。
今更、「やりたいこと」を増やすより、「残したいもの」を選ぶ方が大事なんだ、と。
今日は残したいものを選んだお話です。
家の中も、少しずつ変わりました
最近、家の中の物を見直しています。4人が10年以上住んだ家にはだんだんとものが蓄積されてきました。
使っていない物。
「いつか使うかも」と思って取ってあった物。
昔は捨てられなかったもの。
それに加えて、私は子供の思い出のものが捨てられません。
あの時頑張ってた。あの時泣き虫だった。あの時は手を繋いで歩いてた。
そんな二度と戻れない子育ての記憶がたくさん蘇り、簡単に捨てられないのです。
だけど、壊す家を見ていて思いました。
業者さんは何でもかんでもポイポイとトラックに投げ入れていきます。
残り物を廃棄するのがお仕事の方にしてみたら、その物の一つずつに感情なんてないのです。
ただのモノ。ただの廃棄物。でしかありません
そっか、私がどんなに大切にしていても、私がいなくなったらただのゴミなんだよな・・・
ちょっと寂しいですがそれが現実なのです。私と家族以外はここにあるものはゴミになるのです。
どんなに思い出が詰まっていようと、どんなに大切にしていようと。
そして、私も55歳です。いつまでその大切な思い出を思い出として大事に保管できるでしょうか?
そう考えたら、私がきちんと片付けなければ。と思いました。
まだ徐々にですが、少しずつ「ありがとう。」と言って手放せるようになってきています。
不思議と、部屋が片付くと心も軽くなります。
私があんなに固執していた思い出は、物にある物じゃなかったな。
物がなくても心に残っているのが思い出なんだな。
そう感じるこの頃です
人間関係も同じでした
昔は、たくさんの人とつながっていた方がいいと思っていました。
常に周りに人がいて、遊ぼう~と言ったら人が集まってくれるそんな関係が楽しいと思ってた。(できなかったんですけどね)
誘われたらなるべく参加して、期待に応えようとして、「いい人」でいようと頑張っていました。
でも、その分、人の言葉に一喜一憂したり、誰かの成功と自分を比べて落ち込んだり、「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込んでしまうこともありました。
55歳になった今、思うのは、
人とのつながりは、数ではなく心地よさなんだ。
ということです。
無理をしなくても一緒にいられる人。ありのままの自分で話せる人。会ったあとに元気になれる人。そんな人との時間を大切にしたいと思うようになりました。
もちろん、新しい出会いも素敵です。でも、それ以上に、
今あるご縁を大切に育てていくこと。
その方が、私には合っている気がしています。
残りの人生は、人に合わせるために使うのではなく、大切な人たちと、穏やかに笑って過ごす時間に使いたい。そんなふうに思うようになりました。
今は、本当に大切な人と、気持ちよく付き合えることの方が幸せです。人数ではなく、安心できる関係。私にはそれが一番しあわせだと感じる関係性なのです。
SNSも、「追いかける」より「育てる」
SNSとの付き合い方も、少しずつ変わってきました。
少し前までは、
「これから来る。」
「今が最後のチャンス。」
「まだ間に合います。」
そんな言葉を見ると、「私もやらなきゃ。」と、気持ちが焦ることがよくありました。まんまと無料相談に引っかかるタイプだったのです。
新しいSNSがでたとき、新しい副業の情報が次々と出てくる時、そして最近では新しいAIが次々と出ています。
chatGPTもクロードもジェミニも。もう何をなんのために使うのかさっぱりわかりません。
でも私はこの次から次へと情報が流れてくる、そのたびに「乗り遅れたくない」と思っていたんです。
すぐにセミナーに参加して、人よりも早く多く情報を入れて先に進んで・・・できる感じを見せたかったのかもしれません。
でも今は、少し違います。もちろん、新しいことを知るのは好きです。AIも大好きです。でも、
追いかけ続けることと、自分に合うものを育てることは違う。
そう思うようになりました。
今の私には、このブログがあります。ハンドメイドがあります。どれも派手ではないけれど、少しずつ積み重ねてきた、大切な場所です。
だから最近は、「次は何を始めよう。」ではなく、
「今あるものを、もう少し育ててみよう。」
そう考える時間が増えました。
きっと、何かを育てるには時間が必要です。毎日少しずつ水をあげるように、ブログを書いて、AIと相談して、好きなものを作る。そんな積み重ねが、いつか私らしい暮らしや働き方につながっていく。
今は、そんな気がしています。
残りの人生で、残したいもの
55歳になって思うのは、人生は「増やす」よりも、「選ぶ」時間に入ったのかもしれない、ということです。
若い頃は、たくさんの経験をしたくて、新しいことに挑戦してきました。資格を取ったり、新しい仕事を始めたり。失敗しても、「次がある」と思えた時期でした。
でも今は、限られた時間をどう使うかを考えるようになりました
だからこそ、「何を始めるか」よりも、「何を残したいか」を大切にしたいと思っています。
私が残したいのは、朝、コーヒーを飲みながらブログを書く時間。編み物をしている静かな時間。AIと相談しながら、「なるほど」と笑える時間。季節の花を眺めたり、庭の手入れをしたり、家族の「ただいま」が聞こえる毎日。
どれも特別なことではありません
でも、そんな何気ない時間こそ、私にとっては、とても幸せな時間です。
もちろん、お仕事も頑張りたい。収入も増やしたい。でも、それは大切な暮らしを守るための仕事であって、仕事のために暮らしを犠牲にしたいわけではありません。
これからは、好きなことを少しずつ育てながら、私らしい暮らしも一緒に育てていきたい。そんな毎日を積み重ねていけたら、きっと10年後の私は、「この生き方を選んでよかった。」と笑っている気がしています。
「何を残したいか」を考えるようになったきっかけは、ある出来事でした。
👉 羨ましいと思った暮らしから、本当に叶えたかった夢に気づいた話
残したいものはなんですか?
55歳になった今、やっと気づいたこと。
本当に大切なのは、たくさん持つことではなく、自分にとって大切なものを、丁寧に育てていくこと。
家の中も、人とのつながりも、仕事も、暮らしも。全部を完璧にしようとしなくてもいい。私らしく笑って過ごせる毎日を、一つずつ積み重ねていけたら、それで十分なんだと思えるようになりました。
このブログも、その一つです。
派手な成功ではないかもしれません。でも、今日も一記事書いて、少しずつ育てていく。そんな毎日が、未来の私の充実感に、生き甲斐につながっていくと信じています。
もし今、「何を始めよう」と迷っている方がいたら、一度立ち止まって、
「これからの人生で、何を残したいだろう?」
そんな問いを、自分にしてみるのもいいかもしれません。案外、その答えは、新しいものの中ではなく、
ずっと好きだったものの中にあるのかもしれません。
残したい物が見つかったらぜひ教えていただきたいなと思います。
一緒に育てていきましょう。
ではでは~

私がどんな思いでこのブログを書いているのかは、こちらにもまとめています。