55歳主婦がAIを使いながら、自分に合う在宅しごとを育てる記録。

「ふつうのおばさん」で終わりたくないと思っていた私が、55歳で気づいたこと

  
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「ふつうのおばさん」で終わりたくないと思っていた私が、55歳で気づいたこ...

こんにちは。つぼみです。
連日暑いですね。

この暑い中、娘の受験のオープンキャンパスに行きました。
娘はまだ大学を決め切れてなくてまた悩んでいます。

本当に好きなところに行ってもらっていいんだけど。
自分の好きなことをやっていって欲しいなと思っています。


さて、今朝、いつものようにGoogleのSearch Consoleを開いていました。

このブログを始めてから、まだそれほど時間は経っていません。アクセスだって、たくさんあるわけではありません。それでも最近は、少しずつGoogleの検索結果に表示されるようになってきて、

「今日は何か増えてるかな」と見るのが、朝のちょっとした楽しみになっています。



今日も検索キーワードを眺めていたら、その中に気になる言葉がありました。

「ふつうのおばさん」

思わず、「え、これで私のブログが出てきたの?」と笑ってしまいました。

だって、なかなかすごい検索ワードじゃないですか?ふつうのおばさんの何を検索したかったのかな??

でも、その言葉をしばらく眺めていたら、笑っているだけではいられなくなりました。私、この言葉にずっと引っかかって生きてきたような気がしたからです。そうです。ずっと・・・

「普通のおばさんになりたくない」

「このまま何者にもならずに人生が終わるのは嫌だ」

そんなことを、私は長い間どこかで思っていました。


実はこのブログを始めた頃にも、「普通のおばさんで終わりたくない」と思っていた自分について書いたことがあります。
普通のおばさんで終わるのが嫌、と思っていた私

もちろん、普通に暮らしている人を馬鹿にしていたわけではありません。むしろ、自分自身に対して、

「私はこのままでいいの?」

という焦りがあったのだと思います。


子どもを育てて、家事をして、ご飯を作って。
それはとても大切なことなのに、それだけでは「私は何をしている人です」と言えないような気がしていました。

だから、何かを始めました。

ハンドメイドをやってみたり。ブログを作ってみたり。仕事にしてみたり。YouTubeの世界に入ってみたり。
結果が出るたびに嬉しかったし、「私にもできるんだ」と思えました。

それなのに、しばらくすると、また何かが足りなくなる。

もっとすごい人を見ると、「私はまだまだだ」と思ってしまう。何か結果が出ないとダメだと一人で焦っていました。しかし、何者かになれば、この焦りはなくなると思っていたのに、不思議なことに、何かを手に入れるたびに次の「何者か」が現れました。その繰り返しで疲れてしまいました。

そんな私が55歳になって、最近ようやく少し違うことを考えるようになりました。

もしかしたら私は、「普通のおばさんになりたくなかった」のではなく、

自分の人生を、自分でちゃんと生きたかっただけなのかもしれない。

今日はそんな話を書いてみようと思います。



私はずっと「ふつうのおばさん」で終わりたくなかった

若い頃からずっとそうだったわけではありません。子どもが小さい頃は、毎日のことで精一杯でした。

朝起きて、ご飯を作って、洗濯をして、子どもの用事を済ませて。一日が終われば、

「今日も終わった」

という感じでした。



それでも、子どもたちが少しずつ大きくなって、自分の時間が戻ってくるようになると、心の中に小さなモヤモヤが出てきました。

「私、この先どうするんだろう。」

母でもある。主婦でもある。でも、それ以外の私は何なんだろう。社会に出ているわけじゃない、資格を持ってるわけじゃない。
誰かに聞かれたわけでもないのに、「私は○○をしています」と言える何かが欲しくなりました。

だから私は、いろいろなことをやってきました。

好きだったハンドメイドを仕事にしてみたり、教える仕事をしてみたり、ネットで何かを売ってみたり、ブログを書いたり、YouTubeの仕事をしたり。あれこれ手をつけてきました。新しいことを始めるたびに、

「今度こそ、これが私の仕事になるかもしれない」

と思いました。

実際にうまくいったこともあります。自分でも驚くような結果が出たことだってありました。その瞬間は、とても嬉しいんです。

「やった。」
「私にもできた。」

そう思えるのです。

ところが、その喜びはずっとは続きませんでした。
少しすると、もっと先を走っている人が目に入るからです。

もっと売れている人。もっと稼いでいる人。もっとたくさんの人に知られている人。
その人たちを見ていると、せっかく自分が手に入れたものが、急に小さく見えてしまいました。

こんなんじゃなんてことない。もっと頑張らなきゃ。の無限ループです。

今思えば私は、仕事がしたかっただけではなく、

「私はちゃんと価値のある人間です」と証明したかったのかもしれません。



だから、結果が出ても終われなかった。

一つできたら、次。そこまで行ったら、もっと上。結果が出ると手放して。違うことに走る。もっと自分がちゃんとやれる場所があるはず。だって私はふつうのおばさんになりたくないから・・・

「普通のおばさん」でなくなる場所がどこかにあるような気がして、ずっと探していたのだと思います。


55歳になって、欲しいものが少し変わった

ところが最近、自分でも不思議なくらい、心が動くものが変わってきました。

もちろん、今でも仕事はしたいです。このブログだって育てたい。自分で収入を作れるようになりたいし、「やってみたら、ここまでできたよ」と言えるところまで行ってみたい。

挑戦することをやめたわけではありません。むしろ、まだまだやってみたいことがあります。

でも、そのために何を差し出すかについては、以前よりずっと慎重になりました。


私が大切にしてきたこと。

家でゆっくりご飯を作る時間。花を買ってきて植える時間。編み物をしながら、少しずつ形になっていくのを眺める時間。家の中を整えて、「今日はなんだか気持ちいいな」と思えること。

そういう時間を削り続けてまで、手に入れたい成功って何だろう。
最近、そんなことを考えるようになりました。

以前の私は、家事をしていても「こんなことをしている場合じゃない」と思うことがよくありました。
編み物をしていても、「その時間に仕事をした方がいいんじゃない?」
どこかへ出かけても、「もっと頑張っている人がいるのに」
そんな声が、自分の中にありました。



でも今は逆です。

仕事もしたい。挑戦もしたい。

だけど、好きな暮らしをちゃんと持ったままやりたい。
その二つを、もう敵同士にしなくてもいいんじゃないかと思っています。

以前は、誰かの暮らしを見て羨ましくなることもありました。でも、その気持ちをたどってみたら、自分が本当に欲しかった暮らしが少しずつ見えてきました。
羨ましいと思った暮らしから、本当に叶えたかった夢に気づいた話

何者かになるために暮らしを犠牲にするのではなく、自分の好きな暮らしの中に、仕事も置いてみる。どちらもやる。どちらも手にいれる。
55歳になって、ようやく私が欲しいものの形が少し見えてきた気がします。

「ふつうのおばさん」って、そんなにつまらないものかな

そう考えるようになってから、「普通のおばさん」という言葉の見え方も変わりました。

例えば私。

55歳の主婦です。家事をします。スーパーにも行きます。ご飯も作ります。
特別キラキラした毎日を送っているわけではありません。

でも、その普通の毎日の中で、AIを使ってみたり、ブログを一から育ててみたり、メルマガを始めてみたり、久しぶりにハンドメイド作品を作って販売してみようと考えたりしています。

もちろん世間の流れは早いので、分からないことだらけです。つい先日もWordPressがおかしくなって、何時間も「あれでもない、これでもない」と大騒ぎしました。
それでも直ったら、また続きをやります。

そう考えると、普通って、思っていたほど退屈じゃない。

普通の暮らしの中にも、まだ知らないことがたくさんあります。やったことのないこともあります。「今さら無理かな」と思っていることも、やってみたら案外できるかもしれません。

そして私は今、「特別な人だから挑戦できる」のではなく、

普通の人が、普通の暮らしの中で何かを始めることに意味があるんじゃないか

と思うようになりました。



パソコンに詳しくなくてもいい。AIに詳しくなくてもいい。立派な肩書きがなくてもいい。
昨日まで知らなかったことを、

「ちょっとやってみようかな」

と思える。
それだけで、昨日とは少し違う一日になります。

もしかしたら私はずっと、「普通」から抜け出そうとしていたけれど、抜け出す必要なんてなかったのかもしれません。

普通の毎日そのものを、自分らしく面白くしていけばよかった。

今は、そんなふうに思っています。そしてそれも結構刺激的な出来事があるし、面白いやん!


何者かにならなくても、私の人生は私のもの

「普通のおばさんでいいんだ」

そう書くと、なんだか挑戦することを諦めたようにも聞こえます。でも、私が言いたいのは少し違います。

私はまだ、やってみたいです。

このブログだって、どこまで育つのか見てみたい。自分の好きなことで、ちゃんと収入を作れるのかも試してみたい。AIだってもっと使えるようになりたい。ハンドメイドだって、もう一度誰かに届けてみたい。

いろいろなことをやってきた自分を、以前は「器用貧乏」だと思っていました。でも今は、その経験があったからこそ、この先に残したい仕事を選べるのかもしれないと思っています。
器用貧乏だと思っていた55歳主婦が、最後に選びたい生き方・働き方


私は、たぶんこれからも失敗します。うまくいかなくて、「なんでだろう」と悩む日もあると思います。
でも、それでもいい。

以前との違いは、結果が出なかったからといって、自分まで価値がないことにはしないということです。

ブログが伸びなかったら、また考える。
作品が売れなかったら、工夫する。
やってみて違ったら、やめてもいい。

でも、その結果によって、

「私は何者にもなれなかった」と自分の人生まで否定する必要はない。

仕事は人生の一部であって、私の全部ではありません。
好きなものを作る私も、家でのんびりしている私も、新しいことに挑戦している私も、

全部同じ一人の私です。

55歳になって、ようやくそれを一つの私として生きていきたいと思うようになりました。


ふつうのおばさんの、これから

55歳。
私はたぶん、これからも「ふつうのおばさん」です。

朝起きて、家のことをして、仕事をして、疲れたらお茶を飲んで。気が向いたら編み物をして、春になったら花を植えて。

そんな普通の暮らしをしていくのだと思います。

でも、その中で、やってみたいことには手を伸ばしてみたい。知らないことを知ってみたい。自分の好きなものを形にしてみたい。そして、できることなら、それが小さな仕事にもなったら嬉しい。

昔の私は、「普通のおばさん」からどこかへ行こうとしていました。

でも今は、ふつうのおばさんのここから始めればいいんだと思っています。
今いる場所から。今持っているものから。今の自分のままで。この先の人生を少しずつ面白くしていけばいい。

もし、

「ふつうのおばさん」

と検索して、偶然この記事にたどり着いてくださった方がいたら。

もしかしたらあなたも、「このままでいいのかな」と思っているのかもしれません。

私も、まだ答えは分かりません。だからこのブログで、これからも実際にいろいろやってみます。うまくいったことも、失敗したことも、そのまま書いていこうと思っています。

50代でも、60代でも。普通の毎日の中には、まだまだ知らない景色があるはずです。

ふつうのおばさんのこれからも、案外おもしろいかもしれません。

私は今、それを自分の人生で確かめている途中です。🌱


ふつうのおばさんバンザイ!
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ぜひ教えてください。

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